【後編】

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「母が死んで、もう何もかもが嫌んなって……だから俺は逃げ出して軍に入ったんだ。副団長の話だと、父は、母と共に俺までもが死んだものと思って捜しもしなかったようだから、それで見つかることもなく、ここまで無事に生きていられた。件のお方も、母を殺して満足したんだろう。逃げた俺なんて、捜し出してまで殺さなくても、放っておいてもすぐに死ぬ、くらいに軽く見積もってたんだろうよ。――それが、こうやって無事に生きているのが判ったからといって、改めてまた手を出してくるようなことは、今さら無いとは思うけど……ちゃんとした跡継ぎも、もういるみたいだし……」  でも女は怖いからどうだろうな、と苦笑した俺の肩に、横から手を伸ばしたリュシェルフィーダが、ぽんと軽く手を載せる。 「それこそ今さらだな。もはや君は、誰よりも強い立派な騎士じゃないか。どんな者が刺客として来たところで、簡単に撃退できる。――そんなことさえも分からない愚か者なら、救いようもないがな」 「そうだな……ありがとう、気が楽んなったわ」  俺も、載せられた手を軽くぽんぽんと叩いて応えた。  そこで再び、こちらをうかがっていたらしい若いお嬢さん方の「きゃー!」という黄色い悲鳴が聞こえてきたような気がしたが……やっぱり俺は、それを聞こえなかったことにした。  そうして間もなく、俺たちを見つけて近付いてきた副団長が、笑って告げる。 「おまえたちの居場所は本当にわかりやすいな。若いご婦人方の視線の先を辿って行けば間違いないんだから」  ――そういう副団長こそ、顔に口紅とか付けちゃってますが……?  しばしの間、それを指摘していいものかどうか、ホントどうしようマジどうしよう、と、俺は思いっきり迷ってしまった。
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