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「そもそも、私の恋人も男だった」
「はい……!?」
「とはいっても、そいつは死んでしまったからな。以来、恋人と呼べる者などは、もう居ないが」
「…………」
あまりにも唐突にもたらされた、あまりにも意外すぎるその恋バナに、俺は失礼にもホドがあるくらいにまじまじと副団長を見つめたまま、もはや絶句するしかできない。
――しかしまた、恋人と死に別れとは……なんてヘヴィーな。
「だから私は、男色だからといって否定も肯定もしない。それが当人にとっての自然な形であるのなら、どんな形であれ、あるがままに受け入れるだけだ」
絶句したまま、ああこのひとは凄く強い人なのだなと、すんなりとそれが腑に落ちてきた。
恋人だった人を喪って……それでもなお『あるがままに受け入れる』ことが出来るようになるまで、一体どれだけの苦悩を重ねてきたことだろうか。
「だからセルマ、おまえも誤解するな。私は決して、おまえをそんなふうには見ないから。人の反応など窺わずに、おまえは堂々としていればいい」
――そうか……この語られた話の全部が、あんな昔話をした俺に気を遣ってのことか……。
それを覚った時、自然に口から「すみません」という言葉が洩れていた。
「何を謝る?」
「いや、何かもう、色々と申し訳なくなって……すみません」
「なんだ、おまえらしくないな」
苦笑した副団長が、ふいに手を伸ばしてきて、俺の頭をくしゃりと撫でる。
「よっぽど腹が減ってるらしいな。おまえがそう殊勝な態度だと、こちらも調子が狂う」
ちゃんと着いたら食わせてやるから、と笑う副団長を上目遣いに見上げながら、俺も調子が狂うと、内心で思っていた。
――だって、頭を撫でられているのが、こんなにもキモチイイ……。
されるがままに任せていたら、そこでようやく、馬車が止まった。
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