【後編】

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「こんな時間に悪いが、何か夜食を用意してくれないか。簡単なものでいいから、なるべく早く。あと果物もあれば」 「かしこまりました。すぐに用意いたします。――お部屋にお持ちしても?」 「頼む」 「それと、差し支えなければ……お連れ様は、シュバルティエ家の御方とお見受けいたしますが?」  二人のやりとりを、一歩下がってぼんやり聞いていた俺は、ふいに執事さんから視線を向けられ、ハッと我に返る。――さすが名門家の執事、初対面の俺の耳までよく見てるな! 「ああ、ここに連れてきたのは初めてだな。一応シュバルティエ公爵の長男だ。今夜、陛下へのお披露目も済ませてきた。近衛騎士だから私の部下になる。おまえも見知っておいてくれ」 「かしこまりました」 「あ、エイス・セルマです。よろしく」  わたわたしているうちに二人の間で話が済んでしまい、かなり後手後手に回ってしまったが、とりあえず俺もその名乗りだけは自分からしておく。  シュバルティエ家の人間だからと、そう仰々しく扱われては堪らない。こう名乗っておいたら、有能そうなこの執事さんのことだ、俺が平民の庶子だということくらい察してくれるだろう。 「夜分に押しかけて申し訳ありません」 「どうぞ、お気遣いなく。ごゆるりとお過ごしくださいませ」  そう、嫌な顔ひとつさえ見せずに、にっこり微笑んでくれる執事さん。――ああ、主人はこんなにも無愛想なのに、なんていい人だ執事さん……!  ちょっと感激して、俺もにっこり微笑みを返した。途端に周囲から、ほう…なんていうウットリしたようなタメ息が聞こえてくる。  あ、そうか。そういえば俺、美しいんだった。笑顔なんてもう、誰もに見惚れられちゃうほどちょー美しいんだった。そりゃタメ息だって出るよな当然。  それにワーズ曰く、俺は『顔だけはどこまでも貴族以上に貴族っぽい』らしいし。  良かった、俺こんな豪勢な屋敷に来ても負けてねえじゃん! さすが俺! と、思いっきり安堵した。がっつり気後れしていた分、ものっすごい安堵した。
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