【前編】

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「――で? 何なんだよ、その噂ってのは?」  訊いてみた途端、即“やっと訊いてくれたのか”とでも言わんばかりの白い視線を向けられる。 「セルマ……君、昨晩、団長の部屋に呼ばれただろう?」 「ああ、それが何だ?」 「それが噂になってんの」 「は? 何で?」  別に小姓なら当然のことじゃねーか、と訝しげに問うた俺を、再び呆れたように眺めてワーズは、またもや大きくタメ息を吐いた。  そして言う。本当にどっぷり疲れ切ったような口調で。 「普通の小姓なら、あの団長に、わざわざ突っ込んだりしないでしょうよ……」  俺の所属している近衛騎士団には、新入団者は、訓練の傍ら、まず上官付き小姓としての職務に就く、という慣例がある。  軍の上官が必要に応じて小姓を置くことは、どこでもよくあることだ。とはいえ、ここ近衛騎士団に限っては、その用途が他とは大きく異なっているらしい。  というのも、ワーズ曰く『上官の性欲処理のため』というのが、小姓としての任務の最重要事項であるのだから。  そもそも近衛騎士団には、在籍中の妻帯は不可、という絶対的な規則がある。結婚して妻を持つことは当然ながら、結婚を前提とした恋人を持つことも許されない。当然、子を生すことなども論外だ。  軍人の最高峰たる近衛騎士は、王の親兵。有事の際は身を挺してでも主たる王をお護りしなければいけないのが使命であるがゆえ、いざという時の判断に迷いが生まれぬよう、王以外に護るべき人を持ってはならない、というのが、その真意であるらしい。  そのため、近衛騎士たちは王宮内の宿舎に住まうことを義務付けられ、性生活についても、ある程度の配慮はされている。多少の行き過ぎた部分も見逃して貰えていることも多いという。  新人を上官の小姓として付ける、という慣習についても、どうやらそういった背景から生まれたものであるようだ。
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