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「俺の同室だったヤツ。トゥーリ・アクス、っていって……でも、もういないけどね。入団式から三日で左遷されたから」
「名前で呼び合う仲であれば、親しかったのだろうな」
「うん、まあ、アイツとは、ここにくる前からの付き合いがあったから」
「団長とのことで、おまえの噂が流れた時……ワーズが、アクスのことがあったから、おまえは団長をよく思ってなかったんじゃないか、などと言っていたが……」
「そりゃそーでしょう。あんなに使える男を、よりにもよって『軍人の墓場』カンザリアに左遷、って……なに考えてんだと思わない方がおかしい」
「そんなに有能な男なのか?」
「もちろん! ま、ちょっと軽くて多少のアホではあるけどね。でも、この俺と対等に張り合えるほどには強いし、頭の回転もよくて機転がきくタイプだから、軍人として申し分ないヤツだと思うけど」
「そうか……それなら、よかった」
「え……?」
返ってきた意外な返答に、少しだけ訝しさを覚え、俺は副団長をまじまじと見つめてしまった。
少しだけ視線を伏せて、卓上の杯を指で玩ぶようにしていた副団長だったが、やおらその視線を上げると、俺を真っ直ぐに見つめ返した。
そして言う。あまりにも意外なことを。
「トゥーリ・アクスをカンザリアへ異動させたのは、私だ」
「なんだって……?」
「奴の起こした事件の話を聞いた時。この男こそ、私の探していた者かもしれない、と思ったのでな」
「なんだ、それ……?」
「この男なら――男色を好まず、権力に阿ることのない意志の強さまでを持ち併せている、そんな男なら……弟の力になってくれるかもしれない、と」
「弟……?」
「いまカンザリアに居る。総督として」
「総督……」
「詳しくは言えないが、弟は今、カンザリアで重要な仕事を任されている。誰にも明かせぬ任に一人で当たらなければならない彼のために、その手助けとなれるべき人材を側に付けてやりたかった。だが、おいそれと有能な者を、理由も無しにカンザリアに赴任させることなど出来ない。だからアクスの事件は、いい口実になってくれた。――どこまでも私情でしかないが……自分の職権を私しても、あいつの力になってやりたかったんだ」
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