追憶

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*** 大学院生の朝は遅い。 彼らは太陽が真上に登った後にのそのそと布団から這い上がり、沢山の本が入った重いカバンを背負いーーそのせいで若干背が縮んだような気がするーー今日も今日とて研究室に缶詰になりに行く。 夜が遅く、朝は遅い。食事も最低限必要なだけ、それも研究に熱中しすぎて食事をし損ねることも少なくなかった。典型的な不摂生ーーそれでも睡眠時間だけはしっかり確保する。 昼まで寝ていても、学部生とは違い、奈比の学校は院生の車通学が許されていた。学校までの距離もそこまであるわけではなかったので、こうしてギリギリまで寝ているのである。 なけなしの金を叩いてやっと買ったマイカーに乗り込み、テープを流す。ジャズも好きだが、最近はもっぱらピアノを聴いていた。 ショパンの夜想曲第16番変ホ長調作品55の1。 朝から憂いのある甘美な旋律に身を委ねながら、いつもの道を走る。 駐車場から研究室に向かう途中、亜麻色の長い髪の毛を揺らして、綺麗な女性が怒りで足を踏みならしながら奈比に突っかかった。
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