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 よしんば、それが居たとしよう。しかしながら、その上さらに、“男と対等に渡り合える知識を持っていること”という条件までもが付け加えられてしまえば、まず居るはずがない。  貴族の女性にとって、学なぞは不要なものだからだ。この国において、政治やら何やら世間の小難しい理屈を学ぶことは、男だけの特権と云ってもいい。女が学ぶべきは、家政一切を取り仕切るための方法のみだ。――個々の頭の善し悪しは別として、知識に関してだけを云うなれば、とてもじゃないが“男と渡り合える”ものでは決して有り得ない。最初から土俵が違うのだから。  自らを美しく着飾ることは貴族女性の嗜み、美しいだけの娘ならば、あっちこっちにごろごろいる。  しかし、それを好まないがゆえに、殿下はこんな条件を出したのに違いない。  最初から『貴族の娘なんざ自分には必要ない』と……そう言われているに等しいというのに、それがどうしてわからないのか、このボンクラ親父は……!  案の定、その条件を聞いて、大抵の貴族は引き下がるしかなかった。  引き下がらなかったのは、このアホ親父だけだ。  なぜなら、この私、という切り札を思い出してしまったからだ。  もう十年も捨て置いていた娘のことを、何故そこで思い出してくれちゃうのか、このクソ親父め……!  私は、もうすぐ二十五歳になる。  十五歳の時から神殿に籠もりきりで過ごしているため、誰の手垢の付いていることも無い。  更には、籠りきりの神殿ですることといったら読書くらいしか無いので、今や男でも読むのが難しいとされている古代文字の文書まで読めるようになっている。  そのことが、おおかた本を貸し出してくれる責任者である神官長あたりから、父に伝わってしまったのだろう。  当然、『そこまで出来れば充分だ』と、それで一方的に“男と対等に渡り合える知識を持った女”として認定されてしまったのだ。  最たる前提条件である美しさについては、父自ら『貧相』と云うくらいだから、そこは甚だ不安の残る部分ではあるものの……とはいえ、土台さえそう悪くなければ、金と手間をかければ何とかなるものであることも、父は充分に知っていた。
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