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「私ね、鉄道ライター、種村直樹みたいに成りたかったんですが成れなかったんですよ。記者さんならライター業界の事判ると思いますが、意外とライター業界は厳しいですからね。やはり、大阪にいてはダメですわ、東京に出て出版社や編集プロダクションに入らないとダメですわ。そうして最初の大人の挫折を味わいましてね」 「東京には出て来なかった理由は何かあるんですか?」 「東京に出たかったんですけど、ナンでしょうね……………生まれた土地を離れる根性がなかったんでしょう、ウン怖かったんでしょうね………」 「それから大阪の繊維商社に入りまして働いてたんですけど、今にして思えば国鉄、今のJRに入れば良かったんですよね。鉄道好きなら。何故入らなかったんだろ…………………アレ、涙出てきた」 「松井さん、どうぞ使って下さい」 ハンカチを松井さんに差し出した。 涙を拭う松井さん。 「記者さんありがとう。ワタシ、人生の底辺に居るのかと今実感してます。ワタシね、転落した根本の原因は、自己表現欲求や自己承認欲求、カマってちゃん欲求を制御出来なかったんですよね。鉄道ライターになれなかった反動、自分を制御出来なかったんですよ。寂しかったんですよ、誰かに認めて欲しかったんですよ。薄々は判っていたんですが、それを認める自分自身が怖かったんでしょうね」 「松井さんは『自己表現欲求を制御出来ない』自分に気付いたのはいつ頃からですか?」 「最初の繊維商社に入って4年目程からです。ワタシなりに、仕事をバリバリやってまわりの皆んなに認めて貰おうとしました。朝イチで会社に来て、同僚全員の机を拭いたり、同僚同士の会話に入って会話を盛り上げたり、同僚全員に飴を配ったり、同僚に仕事のアドバイスをしました」 「ハイ」 「それがヤリ過ぎだったのでしょうね、ある日会社の後輩に呼び出されてイキナリ殴られましたね『オメー自己主張し過ぎでウットウシイんだよ!飴配るな!他人の会話に入り込んで会話を奪い取るな!机拭くな!オメーの仕事のアドバイスはセンスがねーんだよ!これから話かけるな、死ねッ』て言われましたね」 「ワーオ」 「程なくして、会社の同僚達はワタシから離れていき、ワタシ自身は閑職に追い込まれましたね。それからワタシ、体調を崩して繊維商社を辞めたんです」
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