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じっと僕を覗き込む双眸は、まつ毛の触れる距離にある。その瞳には、驚きで目を剥いた僕がいて。
声を出そうにも息すらできないこの状況に、頭が真っ白になっていく。
(え、どういうこと……!?え!?え!?)
触れた所から伝わる冷たさに、僕の熱は奪われていった。優しく触れた唇も、徐々に荒々しさを増しては、角度を変えてかぶりつく。
その最中も、1ミリたりとも揺らぐことのない真っ直ぐな彼の視線が、僕だけに注がれていた。
その行為を脳が理解した時には、既に言葉を使うこともままならず。
「ぅ……っ、げほ……っ!!」
ただ痛いほどに酸素を求めた肺が悲鳴を上げた。
けれど彼の手によって、すぐに持ち上げられた顎が、のんきに呼吸することも許されない。
「……っ……な、にして……!」
言葉を阻んだのは、頬に鋭い痛みが走ったからだ。
ぐいっと横に引っ張られれば爪が肉にくい込んで、つねられているんだと理解する。
「いだだだ!!いだい!!!」
「……挨拶もロクに出来ないのか?お前は」
何故か呆れた様にため息をついた彼は、それだけいうとあっけなく手を離す。
僕はヒリヒリと痛む頬をさすりながら、彼のほうを睨みつけた。
「ちょっと、トキ。やりすぎ」
すっと、音も無く近寄ってきたのは、ブロンド髪の男性だ。
心配してくれているらしい。
小さく“すみません”と呟けば、彼は目を細めて笑った。
「ほら、ちょっと見せて……」
「いや、これくらい……」
大丈夫ですよ、そうお得意の愛想笑いで乗り切ろうとした時。
ぬるり、と頬を伝った感触に、一瞬で身の毛がよだった。
「ひっ……!!」
「消毒、ね」
感触はたった一瞬だ。
けれどそれは、僕から笑顔を奪うには十分なほどの時間。
柔らかく笑った顔はさっきまでと変わらないのに、全く別人に見えた。
後ろへ後ろへと勝手に進む足が、扉にぴたりとつく。
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