第1話「春の夜の夢のごとし」

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 大学内では教授・助教授枠は定数だ。イレギュラーでねじ込むなんてことはできない。  瓜生教授は自分が退官して空きを作るおつもりで、僕に助教授になるよう薦めてくれたが、そんなのは嫌だ。  瓜生先生あっての僕だから。  先生の授業が楽しくて、国文科の僕は専攻を「中世文学」にした。  そして、大学卒業後もそのまま「中世文学」をやりたくて大学に居座った。  瓜生先生なくては、今の僕はあり得ない。だから、 (もう少しでいい。できる限り先生のご指導を受けたい。まだ退職までに数年はあるのに、自主退官などなさらないでほしい)  そう思って、瓜生先生の申し出を断った。  そんな教授の隣室は、実は資料室だった。  そこを改造し、僕は講師の身でありながら、瓜生教授の研究の手伝いを名目に隣に部屋をいただけたのだ。  この大学で教鞭を取るようになって数年経つ。  助教授がダメなら、せめて研究室を持ってはどうかという瓜生先生の提案に僕は乗った。  お陰でその資料室にあった整理すべき書籍は山のようで、その作業は大変なものになった。  だが、瓜生教官の研究室とドア一枚で隔てられただけの研究室。いちいち廊下に出ずとも気軽に先生の部屋を訪れることができて、本当に僕は嬉しかった。 「先生」  そのドアを開けて、教官室に入る。     
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