第1話「春の夜の夢のごとし」

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 元ゼミ生の僕にとって、そこは資料室として使っていた頃よりの慣れた行為だったけど、自分の部屋になったのだ。  気分はそれまでと違って、妙に浮かれていた。  教授の隣に部屋をいただけるという事は、今まで文学部全体の講師……というかおまけ的存在だった僕が、名目共に教授のお手伝い要員に認められたということだったからだ。 「あれ……誰も居ないんですね。学生はみんな帰っちゃったのかなぁ?」  教授の研究室には誰一人いなかった。書類・書籍山積みの教授の机に座るその人物以外は。  敬愛してやまない教授と二人きりだと思うと、今まで何度もあった事ではあるが、凄くどきどきする。  しかし、先生からの返事はない。  机の上には黒表紙でつづった歴代の論文が山となっていた。  その整理に没頭しているのだろうか……などと思って、特に気にもせずに僕はそこかしこに散らかる書籍を適当に片付け始めた。  その時 「アンタが水野隆二先生?」  と、聞こえたその声は……確かに先生の声によく似たものだったけど、明らかに別人。そして、随分と若い感じがした。 「先生の論文は、学生の頃のから全部読んだよ。面白いよね。先生の発想って……」  驚いて教授の机の方を見ると、山と積まれた論文の影から学生服姿の少年が現れた。     
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