ラベンダーの朝

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晋也がその人に初めて出会ったのは、夜明けの空気がラベンダー色に染まった日のこと。花屋を営む晋也は、花の仕入れの帰り道だった。 ふと視界に入ってきた、川辺の遊歩道で空を見上げるその人の姿――。その横顔、その眼差し。 ラベンダー色が薄らいで徐々に光が満ちてくる景色の中のあまりの美しさに、思わず晋也は、走らせていたワゴン車を川の土手道の路肩に停めた。 その横顔は、ただ綺麗だと言うには言葉足らずで、何かしら晋也の感覚に響くものがあった。 本物の何かを求めて彷徨い歩き、ずっと空虚だった晋也の心に、この朝の陽射しのように微かな光が射し込む。 ……それは、晋也が恋に落ちた瞬間でもあった。 名前も素性も何も知らない人。 会えないとなおさら、その姿を追い求めて想いが強くなる。もう二度と会えない人なのかもしれない……。それでも、もう一度会いたくて、明け方にあの河原に行って、空を眺めるのが晋也の日課になった。
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