ラベンダーの朝

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そんなある日、晋也にとっては奇跡が訪れる。 花屋の店先、夏の名残りの強い陽ざしの中にその人を見つけた時、思わず晋也の息が止まった。 「あの、コスモスありますか?」 『いらっしゃいませ』と、かける声が出てこない晋也よりも先に、その人が尋ねてくれた。 「あ…えと。コスモス…」 うわの空でそう言いながら、頭の中を整理する。そしてようやく、自分のやるべきことを見つけ出して、平常心に戻れた。 「コスモスは…、普通のコスモスですか?」 晋也から訊き返されて、その人は首をかしげる。 「普通の…って?」 「ああ、すみません。切り花でしたら、白やピンクのこちらか…、こちらのチョコレートコスモスなどもありますし、矮小性の鉢植えなども置いてますが」 しどろもどろする晋也の説明を黙って聞いて、その人はニコリと笑いかけてくれた。 「この、白やピンクの『普通』のコスモスをください」 「…は、はい。お色や本数はいかがいたしましょう?」 晋也は辛うじて対応することができたが、その心臓はドキンドキンと跳ね上がって、包装をする手は震えた。
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