ラベンダーの朝

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「すみません。叔父の跡を継いで、まだ花屋を始めたばかりで慣れていなくて……」 レジを打ちながら、晋也はそんなふうに言い訳しつつ、自分のことを少し語ってみたが、その人は別段気に留めることはなかった。 奇跡のような出来事だったけれど、結局その人の名前さえも聞き出せず終わってしまった。 それでも、その笑顔と声を知ることができた。こうやって、その人のことを一つひとつを知っていく過程は、こんなにも心が踊ってときめくものだったなんて、今まで晋也は知らなかった。 恋愛の経験はそれなりにある。…というより、多分人より多いだろう。女子からは「イケメン」と言われ、学生時代からバンドを組んでボーカルをやっていた晋也は、とにかく昔から無条件によくモテた。 だけど、「カワイイな」「好きかも」と思って付き合ってみても、どの子とも燃え上がるような恋にはならず……。いつも満たされない心を抱えていた。 だけど、今度は違う。あの人のことが気になってしょうがない。期待と不安が入り混じる、こんなに切ない気持ちになるのは、初めてのことだった。
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