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僕の答えを待たずに小声でそう呟いたあずみは、満ち足りた表情で顔をくしゃくしゃにした。その言葉は本来なら、古めかしいままとか、事件の傷が今も生々しく残る――なんて意味で使うのだろうが、彼女のレトリックは違う。
その瞬間がすべて。
それは意外にも、そのときの僕の気持ちも代弁していた。
弓を戻しに駆けていくあずみの後ろ姿を眺めながら、一目惚れってこんな感じなんだと、ぼんやり思った。
「実乃里さんのこと、どう思う」
「うわあ!!」
背後からいきなり耳元で囁かれ、全身に鳥肌が立った。
振り返ると、言葉通り目の前に、シャープな眼鏡をかけた夏目彼方の顔があった。
「な、なに?」
一体いつからいたんだ。まさかあずみを見つめていたの、見られたか。
――あれ? でも訊かれたのは違う名前? ミノリさんて……だれだ?
「樋口先輩だよ」
彼方は先輩の一人を指差した。
「あ、ああ……」
二年生の樋口実乃里先輩は弓道部の副部長で、取手純一郎先輩とともに僕らを出迎えてくれた先輩の一人だ。
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