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柳井真人の通う高校は、歩いて十五分ほどの坂の上にあった。
家から通える近いところ、という理由だけで選んだが、調べてみればそこは男子校で、さらに県内でも有数な進学校で、母親を驚かせたものだ。母方の祖父母からは、経済的な援助をするから好きな学校に行くように勧められ、ありがたく甘えさせてもらうことにした。
そんな、期待を背に受け、受験勉強に励んで合格したはいいものの、今度は高校の授業についていくのに必死で、一日の大半を勉強に費やさなくてはならなかった。
他の生徒は、勉強に部活に両立しているというのに、真人は勉強だけで手一杯だったが、せっかく行かせてもらえた学校なのだから、その想いは無駄にはしたくない。
もともと勉強することは苦ではない。それに、やりたい部活があるわけではなく、性格も内向的な自分は多くの友人に囲まれて遊びに行ったりすることもなく、特にこれといってやりたい趣味もない。
勉強ができて、損することはないから、と勉強に勤しむあまり、高校三年生になる頃には、いわゆる成績優秀な生徒になっていた。何もないよりは、成績がいい生徒という肩書でもいいから、記憶に残りたかった。そんな下心が真人にはあった。
学校に近づくと、グラウンドから朝練をしている生徒の明るい声が聞こえてくる。声のする方に目を向ければ、そこにはサッカー部が練習していた。
――いた。
三十人ほどいる部員たちの中で、真人は、きっと誰よりも早く彼を見つけることができる。
真人が高校一年のとき、日直でたまたま早く来て、グラウンドで朝練をしているサッカー部員たちの中に、彼を見つけた。やや長めの髪と、少し日に焼けた引き締まったしなやかな筋肉、すらりとした長身の彼は、人一倍、大きな声をかけて、誰よりも活発に動いていた。
真人の一日は、朝には図書室の窓際に座り読書をして、授業後は図書室の二階にある勉強室の窓際に座る。どの席もグラウンドが見渡すことができた。集中して30分勉強できたら、グラウンドを10分眺めていいことにする、と自分に勝手にご褒美を付けて、早朝と授業後は勉強に励んでいたことを真人以外、誰も知らない。
まして、その彼もそんな真人の存在を知らない。
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