38人が本棚に入れています
本棚に追加
「もしもし? こちら警備保安室です」
「……ろ、……う、……」
「もしもし?」
途切れ途切れの声に兄は戸惑いました。
向こう側の声は少しずつ、こちらに歩み寄ってくるように大きくなっています。
そして、聞こえたのです。
喉奥から絞り出した低くしゃがれた、悲鳴のような呟きが。
「うし、ろ……う、しろ……うしろ」
後ろ。その言葉を兄が聞き取ってしまった瞬間、背中に何かが触れてきました。
重く冷え冷えとした、水分を吸った重たい綿のような感触――
「ひっ!」
声を上げた刹那、部屋の蛍光灯がパッと輝きを放ち、同僚がやってきたといいます。
同僚の方に見てもらったところ、兄の制服の背中から首元にかけて、べったりと赤い液体が付着していたそうです。
間もなくして、兄は警備の仕事を辞めました。
今でも暗い部屋にいると、あの時の出来事を思い出すと言っています。
僕は、いまだに兄に告げることができません。
兄の後ろに、血塗れの男の人が見えることを――
最初のコメントを投稿しよう!