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うしろ
当時、兄は小さな警備会社に勤務していました。
その日は夜勤で、施設の点検を終えて警備員室に戻ったときのことです。
兄が電気のスイッチを入れ警備員室に入るとなかなか灯りがつきません。
もともと点くまでに数秒の時間を要するおんぼろな蛍光灯だったそうですが、いつも以上に反応が鈍く、チカチカと点滅を繰り返していたそうです。
「交換しないとダメかな」
そう呟いて部屋の机に座り大きく伸びをした時――
びちゃり、と。
首に、何か垂れてきました。
兄は虫が落ちてきたのではと嫌な気持ちになったといいます。
首筋に手を当てると、ぬるりとした感触が指先に触れました。
粘性の液体がぬめる、あの独特な感触。
指先には黒っぽいシミが付着していました。
部屋が真っ暗なので、それがなんなのか確認できません。
首を傾げた折に、ふっ、と蛍光灯が点滅しました。
兄の指先を白々しく照らした瞬き。
その下で兄の指先は真っ赤に染まっていたのだといいます。
「なんだよ、これ……」
兄がその液体を確認しようと顔をあげてみても、部屋は暗がりに逆戻り。
スイッチを入れなおそうかと腰を上げかけた時、首筋に再びぽたり、と滴がこぼれました。
液体をぬぐおうと背中に回した手に『何か』が触れたそうでございます。
冷たく固い、得体の知れないもの。
――何か、いる。
暗闇のなか恐怖に固まって後ろを振り返ることも出来ない兄の背に、首筋に、びちゃり、びちゃりと液体が零れ落ちます。
静かな部屋のなかで、滴る音だけがやけに大きく聞こえます。
どれほどの時が経ったでしょうか。部屋の静寂を破るように内線の音が響き渡りました。
兄は急いで受話器に手を伸ばしました。
すると――
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