うしろ

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「もしもし? こちら警備保安室です」 「……ろ、……う、……」 「もしもし?」  途切れ途切れの声に兄は戸惑いました。  向こう側の声は少しずつ、こちらに歩み寄ってくるように大きくなっています。  そして、聞こえたのです。  喉奥から絞り出した低くしゃがれた、悲鳴のような呟きが。 「うし、ろ……う、しろ……うしろ」  後ろ。その言葉を兄が聞き取ってしまった瞬間、背中に何かが触れてきました。  重く冷え冷えとした、水分を吸った重たい綿のような感触―― 「ひっ!」  声を上げた刹那、部屋の蛍光灯がパッと輝きを放ち、同僚がやってきたといいます。  同僚の方に見てもらったところ、兄の制服の背中から首元にかけて、べったりと赤い液体が付着していたそうです。  間もなくして、兄は警備の仕事を辞めました。  今でも暗い部屋にいると、あの時の出来事を思い出すと言っています。  僕は、いまだに兄に告げることができません。  兄の後ろに、血塗れの男の人が見えることを――
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