執務室

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執務室

初登庁の、この日。                                                      当然ながら、副知事、各部の部長、室長・・・。 県庁内の、お偉いさんが、わんさか、押し掛けた。 知事より下の、県庁内の人間には、お茶はださない。 これは慣例。 コンコン。 「失礼します。」 知事に、お茶をだすのは・・・。 当然ながら、一番下(=主事)の、俺で。 「はい、どうぞ。」 中から、そう返す声。 この重厚な扉をはさんでも、声が聞こえる、なんて。 俺は、執務室の扉を、そっと開くが・・・。 「うわっ。」 慌てて、お盆の上で動きだす、力士湯呑に手を添える。 そして、大きく息を吸ってから、執務室に、足を、踏みいれた。 昨日まで、知事だった人は、マグカップ。 がっしりしていて、お盆の上で、踊ることはなかった。 研究室でよく見た、この力士湯のみは、先生が持参したもの。 よく、割れずに残ってるな。 確か。 徹さんの、お土産、だったはず。 割ったら・・・・。 徹さんに、何を言われるか、分からない。 「久しぶりだな、川瀬。」 お盆に集中していた俺に、そう、声がかかる。 声の主は。 重厚な椅子に座り、俺に、笑いかけている。 その、見慣れた顔に、俺の、緊張感が揺らぐ。 「先・・・。 失礼しましたっ。」 やべっ。 何言ってんだ、俺は。 馴れ馴れしく、しないようにって、決めてたのに。 せめて、呼び名だけはって。 後悔で、頭が、くらくらしてくる。 俺は、うつむいたまま、近づくと。 そのまま、力士を置いた。 ぽん、ぽん。 そんな俺の頭を、先生が、昔のように、軽く叩く。 「今まで通り。 そんな訳には、いかないか。 川瀬は、真面目だからな。」 驚いた俺は。 思わず、先生の顔を、じっと見つめた。 「ずるして、出世コースに乗ったとか。 いろいろ、言われたんだろ。」 その優しい声に。 思わず、涙ぐみそうになった。 「だから、昨日の、祝いの会も、欠席したんだよな。」 昨日、卒業生主催で開かれた、知事、就任祝い。 会場は、先生の家で。 誰かが、酔っぱらって、木に登っても。 (確かに、そんなことも、ありました。 俺じゃ、ないけど。) 警察沙汰とかには、ならないだろ。 そんなことを言って、場所を提供して、くれたらしい。 学生なら、いざ知らず。 さすがに、ねえ。
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