第1章

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 秋風がびゅーびゅー吹いていて、僕の心がどんどん冷たくなっていった。  抜け落ちていた犬の毛を見て、昨日ウチに来た近所のよだれまみれな犬を思い出して溜息をついてしまったが、その後にチリチリの髪の毛を一本見つけて、あぁ父さんの唯一の希望がまた減ったな。と思い、悲しい気持ちにはならなかった。  でも、もう姉さんの長い髪の毛は、どこにも落ちて無いんだ。  世界中どこにいっても、宇宙の彼方に行っても。絶対に見つかることはない。  ぼくは五歳の頃、姉さんの髪の毛の匂いが大好きだった。お風呂上がりには、いつもシャンプーの匂いがぼくの近くにあったし、次の日の朝になっても優しい匂いがしたんだ。  姉さんと手を繋いで、いつもぼくと幼稚園のバスを待っていてくれた。姉さんが学校に遅刻しそうになったときも、バスが来るまでずっとぼくの手を離さなかった。  このマフラーを首に巻くと、あの頃の匂いが今も蘇ってくる。少しだけ長くて微妙にサイズは合わないけど、糸がほつれてしまっても、ぼくは手放さなかった。だから、休日は必ずこのマフラーを巻くと決めている。秋に巻くには少しだけ生地が薄い気もするけど、いつも姉さんと手を繋いでいる気分になれる。シスコンって言われても別に構わないさ。  学生は休みの時期だと言うのに、この動物園はあまりにも人が少なすぎる。ここはちょっと変わった動物園で、マフラーを巻いていると土曜日だけ少し値段が安くなり、一つのマフラーをカップルで使ってもOKらしい。  なんというか、とてもカップルを優遇しているシステムだ。恋人がいない人からしたら、笑われているとも思えなくないだろう。  ……それはともかく、動物園に男一人で来るなんてちょっとヘンなのかな?  ぼくのお気に入りはウサギのふれあいコーナーだ。毎回必ずと言っていいほどここに来る。せっかく気持ちの良い風が吹く日だから、ウサギと一緒に秋風を満喫したかった。周りはよく、ぼくを草食系男子って言うけど、ウサギも草食だからまぁ別にいいかな。褒められてる……か、どうかは分からないけど。  なんてことを考えていると、マフラーをなびかせた風の音と共に誰かの声が聞こえた。 「あれ、なんだ、男の子が一人で動物園なんて珍しいね」
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