第1章

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 今日の秋風は、少し違った気持ちよさだった。それが、なんだか姉さんの声に聞こえてしまったんだ。といっても、この人は知らない人だけどね……。 「えっと……すいません。どちら様ですか?」 「あっいや、別に名乗るほどでもないんだけどね。男の子が一人で動物園ってなんか珍しいなぁって思ってさ。あ、いや、べつにバカにしてるワケじゃないよ? ホントホント」  やっぱ男一人だけで動物園っていう人は……いないんだなぁ。 「えっと……あの、もう次行ってもいいですか?」  ぼくは見知らぬ女性と目を合わせて会話するのが恥ずかしいだけだった。でも、なんだろう、なんだかこの人といると、姉さんを思い出してしまう。  あ、 「あの、良い、匂いですね…」  姉さんに似てたから、ついクセがでてしまった!  初対面の女性(おそらく年上)の髪の毛の匂いをかぐ男……いやいや! コレじゃタダの変態だって! マズいって! 「どう? 私って、良い匂いするかな?」 「あ、いや、あの、えと、コレは、その、レポートに提出するために必要な! あ、それじゃもっと酷い変態だ! わぁどうしよう! ごめんなさい! ごめんなさい!」  千回くらいお辞儀をした後、昭和の漫画みたいな走り方で、逃げるようにキリンのコーナーへ向かった。  あぁ、なんてこった。コレじゃ草食系も失格だな……。  いっそのこと、ライオンとでもふれあおうかな……。  高い高いキリンの首を見上げ、ぼくは白い溜息をついた。  そういえば姉さんはキリンが大好きだったっけ。この長い首にはどんなマフラーが似合うかな? って、夜中にずっとぼくと話しあっていたのを思い出した。月がどこに現れても、次の日が遠足でも、寝坊を気にせず語り合った。  黄色い首だから黄色いマフラーはだめだよ。黒いマフラーもダメ。  姉さんは本当にマフラーが好きだった。色も素材も、この動物にはこんなマフラーが似合うってこだわって。それで、将来はマフラー屋さんになりたいとか言ってたっけなぁ。  そんなことを思い出していると、不意にあの人が現れた。 「あ、匂いフェチの男の子だ」 「えぇっ!?」  さっきの女性だ! しかも再開と同時にそんな異名を貰えるなんて、ぼくは草食系失格だ……もう生肉しか食べないぞ……。  あ、いや、せめて焼き肉にしよう。できれば牛タンでお願いします。
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