第1章

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「あの、さっきのは、調査というか、研究というか。全日本スメル協会の副会長代理補佐でして……えーと、あの、すいません。なんでもないです……」 「う~ん。その言いわけはもっと変態チックだね。ま、匂いなんてなかなか減らないもんだし、別にいいんだけどさ。いやぁ流石に変なとことか触ったら殴ってたけどね。バチーンて」 「え、ええぇぇぇ!」 「あ、キミ草食系だね。そっか、やっぱりね」  やっぱり、焼き肉はやめときます。 「あ、あの、遊ばないで下さいよ……」 「でもねぇ、匂いとか嗅いじゃったし……そうだ! ちょっとだけでいいからさ、私と付き合ってもらえる?」 「え、さっきは匂いのことは許すって言ってたじゃないですか……」 「あ、ごめんね。さっきの取り消しね」  調子の良すぎる人だな……。  でもぼくは内心、嬉しかった。  客観的に見れば下心があると思われるかもしれないけど、なによりぼくは少し年上の女性と話せて嬉しかった。少しでも、姉さんを思い出せたから。  この女性は動物が大好きらしくて、ぼくと同じようによく一人で来るそうだ。そして動物の話しをたくさん聞いた。どうも誰かと喋りたくてしょうがないみたいです。  サイのツノは毛で作られている。これはちょっと驚いたな。あとは、ライオンはメスばっかり働いている。とか、ゴリラの血液型は全員B型。とか。ちょっとした豆知識をいっぱい教えてもらった。  でもなんだろう。  やっぱり、この人と一緒にいるとどうしても姉さんを思い出してしまうなぁ。 「ねぇきみ」 「は、はい?」 「そのマフラーってさ、もしかして愛着とかあるの?」 「え? あ、まぁありますけど。それがどうしたんですか?」 「所々ほつれててサイズも少し合ってない……それでもさっきから大事そうにしてるから、さ、もしかしたら、と思って」 「これ……姉さんが作ってくれたものなんです。うまいでしょう?」 「うん……とっても素敵。私もキミみたいな弟に作ってあげたいな」  八年前のぼくの誕生日。小学生だった姉さんは、家庭科の先生に教えてもらいながら覚えたての裁縫でマフラーを編んでくれた。ぼくはキリンみたいに首は長くないのに、どうしてぼくのためにマフラーを編んでくれたのか、あの頃のぼくには分からなかった。
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