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「よく姉さんに言われてた……あ、いや、よく言われるんです。はい」
「うーん。なるほどねぇ、マフラーを巻いたペンギンか……ね、私もペンギンになっていいかな?」
「え、それはどういうことですか……?」
「こういうこと」
うへぁっ! という変な声が出てしまったのは許してほしい。なにせぼくのマフラーを二人で使うことになったからだ。つまり、肩や腰が横方向に密着しているということである。緊張のあまり寒気やら冷や汗やらが沢山でてきて五秒で風邪をひきそうだった。
「こ、こんなカップルみたいな……で、できましぇん!」
「いいじゃん、人も少ないしさ」
「え、で、で、でもこんな……」
ぼくはその横顔を見て悲しい感情を悟った。
それはマフラーが身体を密着させているからなのか、広い動物園で二人だけの世界に感じたからか、大好きだった姉をこの人に重ねたからなのか。それとも
「夢だったの」
「夢……ですか?」
「うん。昔……私は弟を事故で亡くしちゃって。だからペンギンみたいに可愛い弟とマフラーだけで繋がることがさ、夢だった。子供みたいって笑ってもいいよ。少女漫画の読みすぎって言ってもいい。でも、とにかく夢だったの。気持ち悪いよね私って」
二人を繋いだマフラーを彼女はあの冷え切った手で外そうとしていた。でもぼくはそれ拒んだ。お互いの冷たい手が重なったとき、ぼくはその夢を正直に素敵だなと思ったんだ。ウソ偽りなく、純粋に、素敵な夢だと感じた。
「ぼくでよければ、精一杯弟になります」
「え?」
「ぼく、実は小学校の頃に姉さんを亡くしてるんです。今でも泣き虫で弱虫で、このマフラーがないと落ち着かないどうしようもないぼくですけど……」
「どうしようもなくなんか……ないよ」
「ぼく、もう一度弟になりたいんです。だから、もう一度姉さんになってくれますか?」
一瞬、二人の僅かな隙間を通った風が温かく感じた。凍えた両手が少しでも温かくなって、姉さんと繋いだ手の温もりを思い出した。
でも今日は、思い出すだけじゃない。
毛糸の帽子が欲しかった。
泣いているぼくに必死で謝っていた姉さんは、ばんそうこうだらけの指でそっと頭を撫でてくれた。素直にありがとうの五文字が言えてれば、姉さんは困らなかったのに。
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