Trust

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社会人になってからの記憶は殆どない。 編集締め切り、取材に接待と忙殺された。 数年経ち成人を迎えて、気が付けばあっという間に二十代を折り返そうとしている。 新しい記憶が生まれない分、俺は少しずつ過去に縋っていくようになっていた。 忌々しいことばかりの記憶でも、何もないよりはいいらしい。 俺の記憶には、必ず優希がいた。 他の人間がいないせいでそう感じてしまうだけなのかもしれないが。 日ごと、優希はどんな生活をしているかをぼんやりと想像して過ごすことが多くなった。 向こうでの人間関係は問題ないだろうか。 俺のように忙殺されているだろうか。 それとも、仕事なんて辞めてしまっただろうか。 仕事でミスが増えてきた頃、いよいよこのままではまずいと思い、十年近く前に交換したメールアドレスに簡単な挨拶を書いて送信した。 送信して直ぐに、携帯が振動した。 画面を確認すると、優希の名前が表示されていた。 一瞬戸惑ったが直ぐに応答する。 「……も、もしもし?」 恐る恐る受話口に話し掛ける。 しかし、向こうからの応答はない。 何度か呼びかけていると、向こうから噴き出して笑う声が聞こえてきた。 おい、と怒りを込めて呼び掛けると向こうから懐かしい声が聞こえてくる。 「だって、随分他人行儀なメール送ってくるから」 過去に縋っていたとは言うが、いざ本人と対峙してみるとどんな風に会話をして、何て呼びあっていたか中々思い出せないものだ。 「まぁ元気そうでよかったよ」 「そりゃね、曲がりなりにもこの歳まで生きてきたわけだし」 実にそっけなく、優希は答える。 「ね、折角だし会おうよ。今度の日曜」 「そんな急に……仕事は?」 少しだけ言い淀んでから優希は答える。 「仕事は……仕事は辞めた。だから今ちょっと時間あるんだ」 結局優希の押しに負け、了承してしまった。 とはいえ会いたいと焦がれていた自分がいたのも事実。 どれだけ平静を取り繕おうと、心が踊った。 日曜の午後、夜だけでも時間が取れるようにと必死に仕事をこなす。 上司からは「普段からそれくらいの意気込みで仕事をして欲しいもんだ」と笑われた。
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