Trust

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「面白いものを見せてあげる」 学校帰りに、優希に言われるまま手を引かれ、連れて行かれたのは直ぐ近くの山だった。 何をする気だと問えば、「内緒」としか返ってこない。 いつの間にかずいぶん奔放な人間に……いや、最初からそうだったろうか。 ……よくわからない、が正しいか。  しばらく手を繋がれたまま山を登っていくと、今にも崩れ落ちそうな山小屋が現れる。 まさかとは思うが、ここに入る気か。 そう問えば「正解」と肩を叩かれた。 引き摺られるようにして小屋の中に案内されていく。  形を成しているだけと思っていた扉を開いた途端、形容し難い強烈な刺激臭が鼻をつく。 堪らず口をおさえる。 あの扉は室内外を隔てるものではなく、臭いを漏れ出さないようにしていたものだったのだ。 なんだ、この匂いは。 徐々に口の中が酸っぱくなっていく。 一旦外へ出ようにも、優希が俺を掴んでいるため動けない。 結果俺はそこに蹲るようにして嘔吐した。 視界が渦を巻き揺れている。 俺が嗚咽を繰り返している間、優希は顔色一つ変えず手は繋いだままもう片方の手で背中を擦ってくれた。 優希に「大丈夫?」と問われた時、俺はなんと答えていいかわからずただ黙って一点を見つめた。 山小屋の床の色が、赤黒く染まっている。 部屋に充満している匂いから、それが血であると連想するのは容易だった。 血が、この小屋の床に付着している。 その血は一滴二滴というものではなく、床全体に広がっているようだった。 何がどうなったのかわからなかった。 パニックだった。 ただ一人何もなかったことのように優希がそこにいる。 なんとか振り絞った声で優希に大丈夫と伝え立ち上がる。 立ち上がると優希は再び俺の手を強く引き奥へ奥へと進んでいく。 最早俺に抵抗する力は残っていなかった。 前へと進んでいく優希の顔を覗き見ると、唇は震え息があがり、頬は紅潮していた。 恍惚としたその表情は、まるで発情期で興奮した獣のようだ。 或いは捕らえた獲物を安全な巣まで持ち帰る途中、早く食べてしまいたいという衝動を堪える蟲のような――。 俺はただ優希の異常さに恐怖する。 だが逃げることはできない。
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