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いざ話をしようとして俺は戸惑った。
思い出話をしようにもお互い触れたくない話題ばかりだ。
それじゃあ高校卒業後の身の上話はどうか。
忙殺されてきた日々に、話題となるものはない。
出版社で記事を作っていると言えば聞こえはいいが、
一面記事を作っているわけでも特集ページを作っているわけでもない。
暇で暇で仕方無い奴が隅々まで雑誌を読んで初めて発見出来るような、そういうものだ。
そう優希に伝えると、声を挙げて笑った。
「君は本当に変わらないね」
一頻り笑ったあと、どこか嬉しそうに優希は言ったあと、「仕方無いから私の話をしてあげよう」と唐揚げを頬張りながら語り始める。
優希は職場の人間と反りが合わず、半年ほどで仕事を辞めたらしい。
それから「辞めた後直ぐ地元に帰るのは負けた気がする」と夜の仕事を始めたそうだ。
「……で、そこでお客として来た人とお付き合いをしてて、養って貰ってるってわけ」
話を聞いて、反応に困った。
誰かと一緒にいることの難しさを知っている俺達は、誰かとそんな風になるなんてありえないことではなかったのか。
「……複雑な顔してるね」
優希は朗らかな笑顔を携えているが、その目はどこか笑っていない。
今まで俺に見せたことのない顔だ。
俺が何を考えているか探っている。
心の中にある暗い部分を見つけようとしている。
そんな目だった。
「……ずいぶん変わったんだな」
そりゃまぁ、と照れたように笑う。
「ねぇ、もう一件付き合ってよ」
優希は俺の腕に自身の腕を絡ませながら甘ったるい声でそう言った。
時計を見ると、もう直ぐ終電がなくなる時間だった。
話題に困ると言っておきながらずいぶん話し込んだものだ。
渋い顔をしていると、優希は寂しそうに眉根を寄せて俺を見ていた。
繋がっている腕が熱かった。
「ちぇ、こうやったら大体の男は付き合ってくれるのに」
ぱっと俺の腕から離れていき、俺の正面に立つ。
そして右手を差し出してきた。
「悪かったよ、つまんない男で」
優希の右手を軽く握る。
「付き合ってくれてありがと」
そう言って優希は笑った。
精一杯の皮肉を言ったつもりだったのだが、取り合ってはもらえないらしい。
それでも、会えてよかった。
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