はじめにつゆありき

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 まずコンビニで、始まりが告げられる。什器に収まりきらなくなったおでんのつゆが、そして具が溢れ出す。熱いつゆはやがてコンビニの扉を破り、街へと流れ出す。一週間と立たぬうちに、日本列島がおでんの底に沈む。やがて海が黄金色に染まり出す。おでんの増殖は留まるところを知らない。もはやどの大陸にも安寧はない。  ちくわが教会を押しつぶし、大根が家屋をなぎ払い、餅巾着が人々を襲うであろう。そして沸き立ったつゆがすべてを無慈悲に流し去る。すべてはおでんの新たな具となって、地球という鍋の中、グツグツと煮えてゆく。  何年か前に、たしかドイツかスイスの学者が、「人新世(アントロポセン)」だかなんだかといった概念を提唱したらしい。それは新たなる地質年代の出現だった。つまり完新世の地層はもう終わり、この上には人間の生み出したプラスチックや核廃棄物が新たな層を作ることとなるだろう、というわけだ。しかしそのナルシスティックな地層も、やがてはすべておでんに浸されてしまうのだ。その恐ろしさに比べれば――。 「おっと、饒舌が過ぎたかな。敵は動けんとは言え、あまり聞かれてしまってもまずいし、興冷めだものな」  今日も私はつゆの染み込んだ大根を噛みながら、敬意と恐怖を味わうのだ。 了
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