暗い窓

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 これは息子がまだ小学生だった頃の話です。  子供にご飯を食べさせ、登校の時間が来ると、私達の住む部屋のあるマンションの三階から階段を降り、一階の共有通路を通って息子を分団の子供たちの所まで送っていくのが私の日課です。   一階には八つの部屋があり、真ん中にある部屋辺りを通りかかった時にそいつは現れました。 「ママー。虫ー」  息子が指差したところには小さな甲虫が一匹、通路を横切るように歩いています。黒くて平べったいツヤのある虫です。 「学校に遅れるわよ」  既に待ち合わせの時間からは数分遅れており、焦っていた私は虫好きで直ぐに捕まえようとする息子の手を強引にひっぱって集合場所に向かいました。その後、通路まで戻ってくると、まだその虫はもぞもぞとコンクリートの床を這っています。  ここは田舎で裏には山もあり、カナブンやクモ、蛾がいるのはいつもの事でしたので、その時もその虫を見ても特に気にしませんでした。ただ、ノロノロと動く虫が踏まれては可哀そうだなと思い、 「こんなところにいては踏まれちゃうよ」 と、その甲虫を捕まえ、裏山に逃がしてやりました。私も子供のころから良く捕まえたので慣れていて、虫を触るのは平気です。  真ん中の部屋のドアの横には小さな窓があります。擦りガラスのため中は覗けません。灯りが付いていればうっすらと人が歩いているくらいは透けて見えますが、電気が付いていないのか部屋の中は暗く、中の様子をうかがい知る事は出来ません。  大きなマンションですと家族同士の交流はあまりなく、住む階が違うと滅多に顔を合わせることも話をする事もありませんから、その部屋にどんな人が住むのか私は知りませんでした。  翌日。またその部屋の前を通りかかると、通路に甲虫がいるのを見つけました。 「あら、戻ってきちゃったの?」  昨日と同じようにその甲虫を捕まえて今度は少し遠めの街路樹の方に連れて行ってやりました。
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