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メカニックの仕事を二十年近く続けてきたというのに、四十二歳の今更になって他の何をすればいいのか。
胸には、ぽかりと穴が空いていた。
油と鉄の匂いがする風が、ジェフリーの黒い巻き毛を揺らし、コートの裾を撫でる。まるで、引っ張られているような気がした。
「ん?」
ふと、背後でカタンという音がして、ジェフリーは振り向いた。
新たにトラックから廃棄されたにしては、音が小さい。大量にどさりと捨てていくから、それなりに派手な音がするはず。
しかし、その音はとてもか細くて、もしジェフリーがあと数歩分離れていたら聞こえなかったかもしれない程だ。
耳をそばだてていみると、またカタンと音がした。それは、足元から聞こえたようだった。
「……まさか?」
音の聞こえた方へと近寄り、しゃがみこむ。カタンと、また音がした。
「誰かいるのかい?」
声をかけてみる。
すると、先程迄より激しくカタカタ鳴りはじめ、ガラクタの中からズボッと手が生えた。
機械の左手だ。指は殆ど折れたり捻じ切れたりしていて、まともなものは薬指一本だけだった。
「……ははは。いい指が残ったねぇ。結婚運が良さそうだ」
そんな軽口を言って、その薬指を握ってみる。
冷たいその指先が、必死にジェフリーの手に縋ってくる。
たったそれだけで『生きたい』という強い意志を感じた。
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