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「来てくれるか、そうかそうか。やまにクマはおらんがイノシシには気をつけるもんだ。足が早くてあれでまっすぐじゃない、器用にまがれるからの」
「今日はやけに私を無視するのね。よいことよいこと。この方、独立とはうれしいじゃない。晩御飯抜きでいいのね」
「いやそれには待ったをかけさせていただきたいと存じ上げ候、とまあいった次第で。このとし食物が楽しみの種という人間でしてね。ばあさんやここは一つ……」
「今度は私にくちごたえとはこれはとうとううれし涙出てきたよ。新聞で腹が膨れてよかったじゃないか」
「感動にはまだ早いですぞ。その、いや……なんといいますかな」
ばあちゃんは口元をへの字から三日月にゆがめていく。じいちゃんは困って、掛け時計と新聞、ばあちゃんをそれぞれみる。
じいちゃんを小突いて四十数年、こういう形でしか愛情や夫婦なんてものを表現できない。ばあちゃんは不器用な人だ。じいちゃんの死因はきっと数ある殴打の中の一つにはまるのではないだろうか。それでもじいちゃんは笑ってられる。昔はすごくせっかちだったと自分でいうけど、今にしたら落ち着いている。ビンタの一つにも動じない。固い人だ。もしかしたら若いとき急ぎすぎて鈍感なのかもしれないけど。
そう、前にこんなことがあった。ばあちゃんはトウタを買い物に連れて行った。すべて買い物が済んで店をでるとき、ちょうどそこにはタバコの自動販売機があった。
「ばあちゃんこれ買わないの」
トウタはいつもそれを買い。今日だけそれを買ってないことを知っていた。
そう告げられて十秒固まって、目がしばしばになったばあちゃん。それ以来トウタの前でタバコは吸わない。もう吸ってない、そう振舞うようになった。でもこっそり抜け出し隠れて時々すっていることはにおいでわかる。だけどみんなそれ以来気づかないふりをしてあげることにした。
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