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「……ずっと、黙っていてすみませんでした」
五十嵐がテーブルにカップを置いてソファから降りた。忍の正面に回って床に胡坐をかき、忍下から見上げるように座った。
「有村さんのこと、四井に入る前から知ってました」
どうして。いつから。一気に聞きたいことが溢れてきて、忍はきゅっと口を引き結んだ。
せっかちな忍は、早く答えが知りたくて思わず五十嵐の身体を揺さぶりそうになる。けれどいつだって五十嵐は忍が話し出すのを待っていてくれたじゃないか。ひどく酔っ払った夜も、道路に倒れていたあの時も。
「俺、学生の頃、千葉のSSでバイトしてたんです。卒業したらアメリカに行く資金貯めたくて」
SSとはセメントのサービスステーションのことで、工場で生産されたセメントを一時的に貯蔵しておく施設のことだ。そのSSからトラックやタンカーで建設現場や建材製品を作るメーカーの元へ配達される。五十嵐セメントのような大手の会社は全国各地にSSを持っている。
五十嵐セメントの千葉SSには、忍もよく仕事で通って行った。大きなSSで千葉方面での仕事の際は必ずといっていいほどお世話になった。
「四、五年前かな、有村さんが来てたのを見ました。当時まだ若手の営業マンで、今よりももっと猪突猛進って感じでした」
思い出したのか五十嵐がふふっと笑う。
「当時あの一帯で大きな現場が三つも四つも並行していて、SSは毎日目の回るような忙しさでした。商社の営業マンが来るっていうことは、出荷が遅いっていうクレーム以外にないから、申し訳ないんですけど有村さんは工場長に軽くあしらわれてましたね」
そうだ。当時タワーマンションの建設や大型テーマパークの増設などが同時期にあり、忍の担当する現場のセメント供給が切れそうになって焦っていた。セメント自体が足りないのではない。セメントを運ぶトラックが全部他の現場に出払ってしまっていたのだ。
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