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「恥ずかしいなぁ」  忍のモットーは「自分のこと以外で思い通りになることなんて一つもない」だ。相手が変わってくれることを期待するから、裏切られた気分になり、勝手に傷つき、勝手に落胆するのだ。 「思いっきり言い放ってましたよ。『思い通りになることなんて一つもないんだから! 自分のことしか変えられないんだ』って」 「それは今も変わってない」 「きれいな顔してすっごいなぁってびっくりしましたよ」  当時を思い出しているのか、五十嵐がしばらく言葉を切った。忍も当時を思い起こした。働き始めて二、三年が経った頃で、何事もがむしゃらに取り組んでいた。あまりの忙しさに、夜は泥のように眠り悪夢にうなされることもなかった。仕事はクレーム処理やトラブルが多く苦労したが、自分がやった分ひとつひとつ片付いていくので、本当に、自分の心と体さえしっかりさせておけば仕事は自然と片付いていくと思っていた。自分で自分のことをコントロールできると思っていた。でも今、好きな人間がいて、そのひとにも好かれたいと思うと自分の心でさえ思うようにコントロールできない。 「その後の放浪生活でも、『思い通りになるのは自分のことだけ』っていう有村さんのことばが何度も支えになりました。旅先で出会うのはいい人ばかりじゃなかったから……」 「お金盗まれたりした……?」 「お金盗まれるくらいならまだいいけど」  それだけ言って五十嵐が思わせぶりに笑った。 「世界は広かったですよ。自分は甘ったれで子供だった。人種もいろいろ、文化も考え方も日本とは全然違う。生活していくうちに、日本でうまくいかなかったことがどうしようもなくちっぽけなことに思えて」  こんな絵に描いたようないい男でも、うまくいかないことがあったのだろうか。
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