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 入社初日に忍を見た五十嵐の顔――。どうして初対面からこんなに、と思うほど歓びに溢れていた。数年間、忍のことをひそかに想っていてくれたのだ。忍の知らないうちに、五十嵐の中で忍が息づいていた。 「俺がずっと知らないでいたら、五年前に俺を見てたこと、黙ってた?」 「……そうですね。言わなかったと思います」  五十嵐の中に仕舞われた、大事な思い出。忍との出会いは五十嵐にとってその後の行く先を方向付ける重要なものだったのだろう。 「卑怯なことをしてすみませんでした。ただの、新入社員として有村さんの下について、早く仕事覚えて、いつかは有村さんの役に立って、それで……」  片手で両目を覆い、五十嵐ががっくりうなだれる。 「頼りになるって認めてもらえたら告白しようと……思ってました。ほんと、もう、ガキの考えだ……」  いつも落ち着いていて冷静な五十嵐が、ときどきこうして感情を乱れさせ、それを無理やり押さえつけようと複雑な表情になる。この顔が忍は案外好きだ。五十嵐がようやく年相応に見える。  忍はそっと五十嵐の手に触れ、顔から外させた。恥と、後悔が混じったような苦い表情をして五十嵐がゆっくりと顔を上げる。いつものような自信はまるでない、頼りない瞳の色をしていた。 「どうやって出会っていたとしても、同じだよ。お前のこと、好きになってた」  五十嵐がひそかに忍を追って四井に入って来たのだとしても、本当に新入社員として入ってきていたとしても、二人が出会って一緒に過ごせば、こうしてこの結末に辿り着いたと思う。だって隣で懸命に働くだけでなく、時々暗い記憶に落ちてしまう忍のことを引っ張り上げてくれたのだ。好きにならないわけがない。五十嵐にとっても自分がそうだったのかもしれない。何もかもうまくいかないときに、忍の記憶が一粒の輝く星のように希望になっていただろう。
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