3-5【R18】

4/13
前へ
/157ページ
次へ
 SSでの作業の合間、喫煙スペースで一服しているとよく通る声が聞こえてきた。 「思い通りになることなんて一つもないんだから! こっちの対応変えるしかないんだ」  物陰からそっと覗くと、青い作業着を羽織った商社マンが二人立っていた。煙草を咥えて項垂れる片方の男を励ますように、細身の男が力説している。 「運ぶトラックがないって言うならこっちでなんとかしよう!」  小さな白い顔は、化粧をした女性かと思うほど肌が滑らかで、目深に被ったヘルメットからのぞく大きな瞳が興奮と必死さできらきらと、いや爛々と輝いていた。なめらかな頬のラインや小さな顎が女性のようにも見えるが、この現状を絶対に突破してやる、という決意の強さが眉間のあたりに漂っていて、表情は男性の凛々しさがあった。一瞬で目を奪われた。 その後もほとんど無視に近いSSの工場長に対して必死に食い下がっていて、翌日、本当に植木屋のトラックでやって来た時は清々しい気分にさえなった。  思わずセメントの予約表でその人の名前をチェックした。『現場名、(仮称)アーバンライフ柏新築工事、セメント量十二トン、商社担当者、四井建材株式会社 有村忍』。  わずか十二トン。小さな現場だ。この小さな現場のためにあそこまで食い下がっていたのか――  有村忍さん。また性懲りもなく器量の良い男に惹かれている。五十嵐は自分の学習しない性格をひとり笑った。きれいなひとだった。ただきれいなだけでなく、生命力みたいな強い光を放っていた。ここ最近暗く淀んだ五十嵐の日々に、小さな星が瞬いたような瞬間だった。  大学卒業後、すぐにアメリカに渡った。生の英語を学び、誰も自分を知らない土地で、完全な自由を味わうのと共に自分の無力さを思い知った。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1238人が本棚に入れています
本棚に追加