3-5【R18】

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 意識が覚醒したと思ったが、何も見えなかった。まばたきを繰り返してみても、何も変わらなかった。何も見えないと、自分がまだ寝ているのか、夢を見ているのか、何がなんだかよくわからなくなった。  何も見えないのではなく、暗闇が見えているのだと気付いた。少しの光もない、墨汁のような闇が広がる暗いところにいるのだと。  身体も動かすことができない。  まばたきをしているという感覚はあったから、瞼を動かすことはできるようだが、視界には何も映らないのだからまばたきなんて意味がない気もする。  何もなかった。暗闇があるほかに何もない。  さっきまで幸せの絶頂に居た気がする。何もかもが幸せで涙が出るほどの歓びに包まれていたのに、今いるここは何なのだろう。  何かを手にしたような気がするのに、今はもう何もない。何も持っていないし、誰もそばにいない。光が見えない。身体が動かせない。そもそも、身体はあるのだろうか。首から上だけになってしまったのではないだろうか。これがいつまで続くのだろう。この何もない闇からいつになったら抜け出せるのだろう―― 「……!」  背中にびっしょりと汗をかいて目を覚ました。目を覚ましてすぐに、見慣れた天井が目に飛び込んできたことが嬉しかった。何かが見えるということが素晴らしい。すべての感覚を奪われた今の夢は恐ろし過ぎて、まだ心臓がばくばく言っている。  そっと隣を見ると忍が健やかな寝息を立てていた。気の強そうな瞳が閉じられ、薄っすらと唇を開いている顔はいつもより少しあどけなく見える。  さっき見た悪夢を、幼い忍が現実に体験したのかと思うとぐうっと涙が込み上げてきた。大人の自分が夢で体験しただけなのに、気が触れんばかりに恐ろしかった。車のトランクの中でどんな気分でいたのだろうか。四時間を、一体どれほどに感じたのだろうか。絶望の中、どうやって正気を保っていたのだろう……。  忍を起こさないように、声を殺して涙が流れるのに任せた。数滴の涙がこめかみを伝って枕に沁み込んでいった。なんてひどい体験をしたのだろう。叶うことなら過去の世界に飛んで、忍をさらった犯人を消し去ってやりたい。
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