3-6

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「奈良橋、準備できた? 行くよ」 「ま、待ってください」  奈良橋が一度鞄を持ち上げ、それから何かを思い出したようにまた鞄を開けた。机の上に鞄の中身をぶちまけ始める。 「なになになに。なに探してんの?」 「ペンケース、入れたかなって」 「ペンくらい貸すから! 早く行こう!」 「は、はい!」  先に出てゆく忍を追って、奈良橋も慌ただしく出かけて行った。二人の背中に向けて、佐々木が穏やかな声で「行ってらっしゃい」と声を掛けた。  奈良橋が忍について外回りを始めて、数か月がたっていた。今まで営業サポートとして一日中会社から出なかったのだが、本人の希望もあって外回りの営業の仕事もするようになった。毎日忍に叱られながら必死に学んでいる。 「面白くなさそうだな、五十嵐」  ニヤニヤと、隣から江波が肘でつついてくる。頭の良いこのひとは、五十嵐のほんの僅かな憂いを見逃さず、ここぞとばかりに突いてくる。 斎藤が去り、一課の島の席順も変わった。以前斎藤が座っていた部長席に一番近い席には江波が座り、江波の隣には五十嵐が座ることになった。以前五十嵐が座っていた忍の隣の席は、今は奈良橋が座っている。忍の隣を奪われたことも悔しいが、何よりうんざりしているのは暇さえあれば隣の江波からからかわれることだ。 「有村とられちゃったもんな。面白くないよな」 「そんなこと思ってませんよ。奈良橋くんだって今が大変なときだと思うし」 「強がっちゃって」  入社して半年以上が過ぎ、最近では忍と一緒に行動する日もめっきり減った。柘植部長、江波、忍と、ローテーションして同行し、小さいが自分ひとりで担当する現場も一つ二つ持っている。なかなかに忙しい。  プライベートでは忍とお付き合いしているのだし、別にいい。  けれどやはり面白くない。忍は変わってしまった。以前はあんなに部下の面倒見がよくなかったじゃないか。
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