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「あ…」
冬人は途中まで上げかけたその手を止めた。
その様子を見ていた希が、冬人の肩に手を掛けようかなと思った。
「えいっ」
まっすぐ伸ばしたその手は、冬人の肩甲骨辺りを押す。
希は背が低いため、まっすぐ伸ばしただけでは肩には届かない。
それに、希自身、肩を掴んで押すという事に恥じらいもあった。
「うわっ、と」
照れ隠しで、少し勢いよく押してしまったため、冬人が転びそうになる。
「あ、ごめんなさい、だ、大丈夫?」
オロオロしながら狼狽している希を見て、冬人は少し可笑しくなった。
「ありがとう」
冬人としては、元気づけにそうしてくれたと思ってそう言った。
「行こっか」
冬人は穏やかな微笑で希を見つめながらそう続けた。
希は、急に自分のしたことに恥ずかしくなって、顔中が熱くなった。
そんな希の胸中を知る由もなく、冬人は教室内に足を踏み入れる。
「・・・」
一歩、二歩で入れてしまう位の距離だったが、希はその僅かな距離でいいから、手を引いて欲しかったな、と思いながら、自らのその妄想に更に恥ずかしくなって、真下を見ながら教室に向かった。
「きゃっ」
真下を見ていたため、希は目の前で立ち止まった冬人に気が付かず、今度はおでこで冬人の肩甲骨を押してしまった。
「あ、ごめん、大丈夫だった?」
冬人がやさしく声を掛ける。
「こ、こっちこそご、ごめんなさい」
おでこを抑えながら、希は顔を上げた。
そこで希の目に飛び込んできたのは、黒集りの山、もとい、学ランの集団だった。
村瀬達が連れてきた学生達が、既にそこに集合していたのだ。
教室の後ろのドアから入ってきた冬人からは、前のドアから入った壮太の姿を確認するのも困難だった。ざわつく教室内では、その声も確認できない。
その生徒達を掻き分けて前に行くのも躊躇われた冬人は、そこで立ち尽くした。
「どうしよっか」
呆然としていた希は、急に冬人にそう聞かれてオロオロした。
「え、あ、ど、どう、する、の?」
逆に聞き返してしまう。
「一回出て、前に回ろうか」
「あ、うんうん。そうだ、ね」
そう言って、希は右の手をさりげなく上げてみた。
今度は手を引いてくれるかな、という希の思いからだったが、残念ながら冬人には通じなかった。
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