誤算

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「貸して」  香織は冬人に促す。 「まだやるの」  冬人の言うのも、もっともだった。  香織と対峙したその男は、痺れから解けても尚、体を震わせている。  見た目からも、九十歳を超えているかのように見えた。  その男に向かって身構えている香織に、鈴子の声が耳に入った。 「香織・・・さん」  予想に反して立ち上がったのは、1-Aの扉の前に立っていた男の方だった。  振り向いてすぐに香織は身構えた。 「待て待て、私は抵抗はしないから」  そう言うと、そのまま半身の構えを取る香織の脇を過ぎ、もう一人の男の前でしゃがみ込んだ。 「いいざまだな、レイ。イレギュラーにも対応できるようにとは言われてたが、まさか私達がターゲットになるなんて、な」 「マキ、お前・・・」  そのまま、マキは、レイと呼ばれたその男の腕を引っ張ると、レイを起こして肩を貸し、そのまま歩き出した。 「待って」  香織はマキを止めた。 「なんだい。これだけ奪っても、まだ足りないのか?一体いくら欲しいんだ」  そう言って香織を睨みつけるマキの目は、その穏やかそうな雰囲気とは違って鋭かった。 「私達は、お金が欲しいんじゃないの。ここから出たいだけだから」 「お金じゃないって?やめとけ。ここから出たって、ろくなことはない。それに、それだけのエネルギーを奪っておけば、ここにいる全員で山分けしても、一生遊んで暮らせるぞ」 「あら、返せとは言わないのね」 「ああ、私達は…っと」  マキは、何かを言いかけてやめた。 「とにかく、ここにいてもらわないと困るんです」  香織の後ろから、壮太が言う。 「本気、なのか」  マキの目の奥が、いっそう鈍く光ったように見え、壮太はたじろいだ。 「まあ、いっか」  マキはいきなりその表情を崩すと、少しだけ微笑みながらそう言った。 「このプロトタイプと銘打った大会は、競技者のためだけのテストじゃない。私達監視者もまた、想定外の事態に対処できるための練習でもある。その、想定外の事をやらかしてくれるというなら、私もまた、傍観しようじゃないか」  そう言って、マキは、レイをその肩に抱えたまま、1-Aの教室に向かったが、入り口の前で一度立ち止まると、振り向いて香織の方を見た。  
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