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希は、冬人から柴田に視線を移し、声を掛けた。
「お、お父、さん」
「ん、何かな」
冬人の父をお父さんと呼んでしまった事、そして、ごく自然に返事が返ってきた事で、将来を妄想した希は、一瞬で頬が真っ赤になってしまった。
「どうかしましたか」
柴田に言われて、すぐに我に返る。頬は紅いままで。
「あ、あの、元の年齢のもど、戻しておいた方が、いいかな、なんて」
俯いたまま、たどたどしく希は言った。
「あ、そうだね。折角だから、君に戻してもらおうか」
「えっ、わ、私が」
「うん。頼むよ」
なんとなく、冬人の父の役に立てたような気がして、希は嬉しかった。
「あ、あの、元々はおいくつ、なのでしょう、か」
「四十七歳ですよ」
希は、ナイフの数値を凝視して、三十でいいのかな、と呟きながら、そっとナイフを突き立てた。
まだ中にいた美香、冬人、香織も外に出て、残るのは二人だけになった。
柴田と希も、ナイフが三十になったのを確認してから、慌てて後に続いた。
宗史に言われて、老婆は宗史を睨みつけた。
「あんた、ここのもんじゃないだろ。知らんのも無理はないわな」
宗史に向かって、そう言い放つ。
瞬間、熊田が、そのおばあさんの元に駆け寄り、背後に回る。
「あなたこそ、この店の人じゃないわね」
「へ?何をおっしゃってるのやら」
老婆はとぼけたが、熊田はその腕を捻り上げた。
騒ぎを聞きつけてか、商店の右に連なる民家から、ぞろぞろと人が出てくる。左からは、公園にいた大勢の老人が、ゲートボールのスティックをもって現れた。
「痛いじゃないか。離しておくれ」
「とぼけないで。あなた、この家の人じゃないでしょ」
「な、なに言ってんだ。私はここの…」
「じゃあ、あなたは、ここに一年間通ったこの子と、一度も顔を合わせた事がないというの」
老婆は、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにその顔は不敵な笑みに変わった。
外に出た壮太は、あの頃と違うその風景に驚きを隠せなかった。
ここに通ってた当時、よく利用していた商店の左側、民家との間にある、自転車が一台通れるくらいの細い路地が、封鎖されていたのだ。
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