始動

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始動

 黒板の上にある時計が正確に時を刻んでいるのならば、あと十分で十時となる。  女は目の前の教壇の下に手を突っ込むと、そこから黒い塊を取り出した。  それは、スタンガンの様な形をしていた。 「これは、プロトタイプ1で使われていたものです」  女は教壇を一歩降りて、もう一人のグレースーツの男の脇に立つ。 「よく見ていて下さい」  そう言って、そのスタンガンらしきものを、ゆっくりとグレースーツの男に当てた。  男は一瞬、電撃を浴びたかのように全身を震わせ、体を硬直させた。だが、女は止めることなく、そのままそれを押し付け続けた。  二秒ほど押し付けると、女はそれを引き戻した。  男の方は、倒れこそしなかったが、その場に跪き、少し苦しんでいる様に見える。  しんとする室内。誰もが息を飲み、言葉を発することなくその光景を見ていた。  すると・・・  気のせいだろうか。男の顔が少しだけ黒くなっているように見えた。  しびれが取れたのだろうか、男がゆっくりと立ち上がる。  男は不敵な笑みを浮かべながら周りを見渡した。  いや、見渡したというよりは、皆にこの顔を見ろと言わんばかりに向けたのだ。  その顔は、先程までの若々しい十代のそれではなくなっていた。  三十代、いや四十代前半だろうか、十代特有の肌の艶が消え失せている。  今起きた現実に面食らうものが殆どの中、教室内が少しざわつき始めた。  その前に怪しげなナイフを手に取らされていたせいもあり、一部の者はただのトリックだと思ったからだった。 「なんだ、手品教室でも始めるのか」 「タネを教えて」 「私もやりたい」  そんな声を遮るかのように、女は教壇を平手で力いっぱい叩いた。  再度、教室内は天使が通った後の様に静かになった。 「手品ではありません」  女はそう言うと、今度は真崎の脇に立ち、そのスタンガンの様なものを押し当てた。 「これから彼を、元の年齢に戻します」  二秒ほど押し付けられると、真崎もまた、先程の男と同じように体を震わせ、少し跳ねたかと思うと、その場に崩れ落ちた。  少しの間が空き、真崎が立ち上がった。その顔は、正面玄関にいた時とは打って変わって、三十路にしては若々しい、いつもの先生のそれに戻っていた。
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