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意図
穂高冬人は、本来の登校時間より一時間早く、長野県立青木崎高等学校の正面玄関に立っていた。
三年になってからの初登校日、玄関に張り出されたクラス分け表が気になって、昨夜は眠れなかったからだ。
冬人は二年になると同時にこの高校に編入してきた。家庭の事情でそれまでいた岐阜県から引っ越してきたのだったが、その際、右も左も分からない冬人がクラスに溶け込むように尽力してくれたのが嶋美香だった。
三年になっても同じクラスにいて欲しかった。成績こそ中の中位だが、誰にでも分け隔てなく接する彼女は、学年問わず人気者だった。そんな美香に思いを告げる事こそ出来ないままだったが、冬人はせめて同じ教室で同じ時間を共にしたかった。
「おはよう、穂高君」
突然声を掛けられて、びっくりして両肩が少し上がった。聞き覚えのあるその声に振り返ると、そこには美香が立っていた。
美香は冬人の左肩に右手を乗せると、その肩越しに顔を覗かせた。
「どれどれ・・・あ、穂高君一緒だね。また一年よろしくね」
心臓が飛び出るほどどきどきしている冬人の気持ちを知ってか知らずか、美香は冬人の顔を覗き込んで、満面の笑顔を向けた。
冬人はちらっと美香の顔を見ただけで頬が熱くなってしまい、そうとは悟られまいとクラス表の方にぎこちなく顔を向けた。
声に出すと上ずってしまいそうな気がして、冬人は平静を装おうとして、同じクラスのメンバーを一人ずつ黙読していった。
「ちょっと、なんとか言いなさいよぉ」
決してぶりっ子してる訳ではないその、いわゆるアニメ声に、思わず抱きしめてしまいたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
冬人は美香の目を気にすることなく、その場で深呼吸した。そうでもしないと冷静になれないと感じたからだ。
「もう、なにやってんの」
「あ、いや、そう言えば嶋さん、随分早い登校じゃん」
冬人は必死に誤魔化しながら、なんとかいつも通りに接することが出来た。それでもまだ、鼓動はいつものそれではなかったが。
「私は今年から部長だから、部室の掃除でもしようかなって」
その言葉に、また熱が上がったような気がした。 美香は水泳部なのだが、冬人はその姿を時々フェンス越しに見ていた。その時の事を思い出してしまったのだ。
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