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   私の両親は三年前に逮捕された。私への度重なる虐待による傷害罪だ。もうとっくに出所しただろうが、私は両親が逮捕された時期に高校を卒業し働き始めたし、向こうももう私に興味が無いだろうから、二度と会うことは無いだろう。  虐待は壮絶を極め、小さい頃から命が危ぶまれる状態に身を置いていた私は、自分を守るため人格を分裂させたらしい。でもこの三年で生活が安定してきて、徐々に私の中の別人格は消えていった。 「……必ずね、別れの言葉を言うのよ」  私は呟いた。由亜は黙って私の顔を見つめている。 「精神年齢が小学生くらいだったり、性別が男だったり、いろんな人格がいるのに。皆共通しているの。ビデオの動画に『私は消えることにした』って伝えて、消えていくの。こういうのって気付いたらいなくなるんだと思ってた。わざわざ伝えてくるのは何でだろう」  由亜は少し考えたあと、レモンの風味のするお冷やをカラリと揺らしながら答えた。 「きっとみんな葵と同じで根が真面目なのね。どんなに性格が違くても、元は全部葵の人格だからね。きっと最後にお別れを言いたいのよ。私はお医者さんじゃないから、詳しいことは分からないけどさ」  由亜の言葉はいつも優しい。私を傷付けないように配慮している。それも、自然な形で。  由亜が、鞄の中に大学のテキストを忍ばせて、私と別れたあと向かいのホームで電車を待ちながら勉強しているのを知っている。彼女は医大生で、勉強に課題に忙しいのにも関わらず、私に割く時間をうまく作り出していることを知っている。  彼女が私の親ならよかったのに、とすら思う。  パンケーキを食べ終え外に出ると、日が傾いた中央通りに強い風が吹き、私は小さくくしゃみをした。 「これ、持ってきな!」  私の様子を見て、由亜は私に自分のマフラーを巻き付ける。でも、と断ろうとすると、由亜は首を振った。 「寒いんでしょ? 私はもう一枚上着持ってるから平気」  ……そうかな。その薄い鞄の中には、きっと教科書とノートしか入っていない。  そう思ったが、私はその彼女の優しさを受け取った。私はいつも彼女に甘えてばかりだ。  今度はちゃんと自分で体温調整をできるようにしなきゃ、と思いながら帰路に着いた。  
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