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晩餐
東京の冬は寒いばかりで雪など降らぬのが常だと思っていたのだが、どうやら今年の冬はどこか狂っているらしい。傾いた西日が雪まで溶かしてくれたらよいのだけれど、これがなかなか。
足首の方まで到達する雪を蹴りながら歩き、栗花落は表情を変えぬまま、人知れずはしゃいでいた。履き潰して薄くなってしまった靴底を抜け、厚手の靴下まで冷たい水が浸入してくる。雪の筈なのに、あたかも浸水しているかのような有様だ。凍てつくほどの浸水。もうすでに足先の感覚は無くなってしまい、一体どこを歩いているのか、何を踏んで歩いているのかもよく分からなくなっている次第だ。
濃紺のマフラーにひりつく鼻をうずめて目を瞬かせる。雪粒が目に入った。目玉まで侵すのか、今年の雪は。
栗花落の頭の中は、淫靡な歯科医院のことでいっぱいだった。もうすっかり肉が出来上がってしまった親知らずの痕を舌でもごもごとなぞり、悩ましく眉根を寄せた。見慣れぬ白に染まった住宅街は、まるで知らぬ土地のよう。意味もなく子供のようにきょろきょろと軒先やら電柱に絡まる雪粒なんかを見回しながら、栗花落はのんびりと歯科に向かう。
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