エス

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エス

 覚束ぬ足取りで路地を抜けて大通りへと出た。朦朧としている。胃の中の肉を思い出す。舌の上にはまだぬめった体液が纏わりついている気がして、何度も咳払いをした。尻の奥もおかしい。落ち着かない。据わりが悪い。  霧状の雨が漂っている。降っているというよりも、微かにふらふらと漂っている。傘は必要なさそうだ。信号機の赤も青も、宝石のようにキラキラと浮かび上がる。六角形の光の筋。幾重にも折り重なる光暈に知らず知らずのうちに溺れていくようで、怖くなってすこしだけ呼吸を止めたけれど、すぐに息苦しくなってやめた。  細かい雨粒を透かす、イエローベリルの光を思わせるきらきらしたヘッドライトが夜気に薄ぼんやりと浮かび、走り去っていく。通りは少ないが途切れない。一定の間隔で、色も分からぬ車が栗花落の傍を通り過ぎて行った。スニーカーの布地に冷水が染み込む。ぐじゃぐじゃに濡れた靴下からいやな音がする。冷たい。溶け始めてはんぶん水になってしまった雪を豪快に踏み付けてしまったのだ。記憶の扉が開かれる。冷たい踵に誘発される。     
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