花腐し

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花腐し

 なるほど、と鹿爪らしく頷いて見せる花崎医師はその実、なにも分かっていないのではと勘ぐってしまう。春はまだまだ当分先で、花の香りすらしない銀色の冬がいつまでも尾を引いている。暦はもう三月を終えようとしているのにこの気温、時折かさばる降雪、みぞれや濡れ雪。栗花落は相変わらず毛玉の浮いたセーターを着て、新調した野暮ったいフレームの眼鏡を所在なさげに押し上げる。触診台に寝転がりながら、そわそわと花崎医師に魔が差すのを待っている。 「それにしても、巽くんの声を聞くと具合が悪くなる、ですか……」 「姿を見ると、メシを戻します」 「ふぅん……」  いっそ興味すらなさそうに見える。ふぅんと再度頷いて、花崎はつるりとした顎を中指で撫でた。その動き。中指のかすかな動作にぼうっと見惚れる。暖房があつい。待合室で座っていた時から触診台の上にいたる現在まで、ずっと熱に浮かされている気がする。 「慶くんは?」  医師の指が降りてきて、セーターをたくし上げる。かすかに触れた指先はざらついていた。相変わらず自炊をする日々なのだろうと察した。すこし安心する。     
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