02 一日目 / 手塚佳純side

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「高校までは俺、島に住んでたんだ。ここ、俺の地元」  車を走らせている時、ぼそりと唐突に麻生が言った。なんと答えていいかわからず、いいとこですねと普通に返した。  初めて麻生のことをちゃんと意識して空港で会った時、アンバランスな印象を受けたことを思い出す。  録音された台詞の声を聞いていたからかもしれない。イントネーションは関西弁に似ているが、どこか優しく聞こえる瀬戸内訛りは気持ちを和ませる。高過ぎず低過ぎず、するりと耳に入ってくる声は安心して聞いていられる。  目の前に現れた麻生が口を開くと『お、本物』と、テレビで見ていた芸能人に実際会った時のような気分になった。ちっとも優しくなく、和みもしない麻生の声は、明らかに強い不快感を滲ませていた。  ぼんやりと少し下がった目のせいか草食動物みたいなのに、そこに柔らかさはない。細身でシャープなフェイスラインにすっきりとした顔立ちがナイーブな雰囲気を醸し出している。 ーー こういう顔、塩顔って言うんだっけ?雰囲気イケメンってやつ?この人の方が俺より役にぴったりじゃん。  本業は役者だと聞いているから、きっと主役を演じたかったのだろうと直感的に思った。  どうしてこう世の中はうまい具合にいかないのか。誰かがそっと指で天秤を揺らすみたいに、傾きが少し変われば全てが変わる。 『キミ』という発音がやたら不快に響いた。仕事柄、ネガティブな感情を無視するのには慣れている。いちいち気にしていたら芸能活動などやっていられない。にもかかわらず、隠しきれているとでも思っているのかあからさまに表面だけ繕ったあしらい方を流しきれず、つい煽ってしまった。  田舎でふたりで過ごすなどという仕事と呼ぶには曖昧な間柄だったからかもしれない。台詞の録音で優しい言葉をかけられている気分になっていたからギャップが大きかったのかもしれない。  先のことなど考えないで、面倒ごとをさらに大きくするようなことを言ってしまった。いつもの自分ならこんな対応はしない。後悔なんてしていなかったけれど、それ以上空気が険悪にならなかったことにどこかほっとしたのも確かだ。
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