02 一日目 / 手塚佳純side

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 遅めの昼食をとるため、目的地より手前の島で高速インターを降りた。入り口には大きな生け簀があって、狭苦しくどんよりと魚が泳いでいる。名前がひとつもわかんないなと思って眺めていたら、横に立った麻生が指差しながら次々魚の名前を挙げていく。 「あの大きいのはマナガツオ、太ってるのがコチ。スズキとカレイはわかるだろ」 「いや、わからない…」  一瞬間があって、気を取り直したように呪文のような説明が続く。 「鯛はさすがに知ってるか。この辺は名物でよく食べる。養殖も盛んなんだけど、地元の人間は天然ものしか食べないな。全然違うから。瀬戸内海は穏やかに見えるけど、潮の流れは早くて、そこで鍛えられてる魚は美味しいんだ。今の時期はタコもうまいよ」  一方的にまくしたてるような喋り方に、内容は何一つ入ってこない。 「俺、魚に興味あるように見えます?」 「島育ちなら旬の魚は知ってる。役柄の側面を違う角度から見るのも大事だよ」  これも役作りの一環なのかと理解はしたが、意味があるようには思えない。 「魚、意味ありますかねー。絶対覚えられる気しないし」 「覚えろなんて言ってない。役になりきれなんて言わない。想像してみなよ。これから島で見るものを、ここに育った人間ならどんな風に見るか、感じるか」 「麻生さんが、この役やればよかったのにね」 「やりたくないよ」  さすがに気を悪くしたのか吐き出すように言って、食事時を過ぎ客の少ない店内を先に歩いていった。今日になって初めて、不自然な麻生の足運びが気になった。昨日は麻生の後ろを歩きながら、全く気づいてなかった。  窓際のテーブルに着いてこちらを見ようともしないので、それも聞かないまま前に座る。  麻生相手だとなぜか普段の対応ができなくて、やりにくい。死ぬほど面倒臭い。窓ガラスの向こうにも海が見えていた。
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