03 一日目→二日目 / 麻生聖side

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 高齢者の島暮らしは厳しいからと、両親は橋ができる以前に実家と蜜柑畑を売り払い、本土に一軒家を買って越してしまっていた。  あの家はもうないのかな…と思ったのがきっかけで、元実家がリノベーションされ、短期滞在向けに貸し出されているのを知った。連絡を取ると滞在期間が空室にぴたりと合って、思わず勢いで予約してしまった。家主は広島に住む夫婦で、定年までは貸し出しているのだと仲介会社が丁寧に教えてくれた。  今あの島を見たら、かつて馴染んだ場所を歩いたら、そこからの景色を見たらどんな気持ちになるんだろう。もう時は過ぎて、自分も土地も状況も、何もかも変わったのだと受け止められるんだろうか。  そう思いながら島へ向かう高速道路を進むうち、ハンドルを握る手が少し汗ばみ、徐々に緊張が高まっていること気づく。  対面通行の制限速度が七十キロなので、オートマ車だと景色に目を遣る余裕ができる。幼い頃から見慣れた海を見てやっと懐かしいという実感が素直に湧いてきた。助手席にいる手塚の存在もしばらく忘れ、その感情に浸るほど。  大きな連絡橋の存在は圧倒的だったが、幾つもの景色が記憶と重なる。あの頃感じた息苦しいほど強烈な閉塞感は驚くほど薄れている。歳を重ねて記憶力が低下しただけなのかもしれないけれど。
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