03 一日目→二日目 / 麻生聖side

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 野球場のスタンドに座って、繰り広げられない試合に歓声を上げる。それだけだった。ひたすら長い待ち時間の間に、時折小さく見える指示を出す監督の姿や同じ動作を繰り返す役者に目を奪われた。  もし監督に会ったらなんて言おう。役者に会ったら感動をどう伝えよう。次のロケに誘われたら学校はどうしよう。全ては杞憂に終わった。 「皆さんの協力のおかげで撮影を終えることができました。ありがとうございました」  最後にエキストラに向かって監督が深々と頭を下げると、盛大な拍手に飲まれた。何がなんだかわからないうちに地元を離れ、撮影中も興奮のあまりあちこち見ているようで何も覚えてなくて、瞬間自分はここにいるのだと実感した。たかがエキストラ。名もない大勢のひとりに過ぎない。でもここにいる。ここに自分でやってきた。  島に戻るとあっという間に日常に絡めとられる。だけど見慣れた風景は少しだけ変わった。  学校に行くために乗る連絡船も、ここに人の物語ができるんじゃないかと空想する。毎日色を変える海を見て誰かが思いを重ねるんじゃないか、誰かにかけた一声が時と距離を経てどこかに届くんじゃないか。実際にはそんなことなくても、誰に伝わることがなくても、気持ちは軽くなった。  遅れてきた中二病かよと自分を揶揄しながらも、今から続くまだ見ぬ未来があると信じられるだけで救われた。  ここにとどまるなら老後まで見えてしまいそうな、この先。島での生活を軽んじる訳ではないが、怖かった。跳躍さえすればあちら側には世界がある。同時にそれも怖かった。でも一歩だけ足を踏み出せた。  エキストラに応募したり、地方で開催される小さな映画祭のボランティアスタッフをしたり、単館上映の映画を見るために少し足を伸ばしたり。高校三年になってやっと関東まで行けるようになった。
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